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札幌高等裁判所 昭和44年(う)24号 判決 1969年7月31日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を

一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官佐藤哲雄作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、本件業務上過失致死傷および道路交通法違反の訴因につきいずれも犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認があるというのである。

そこで、まず業務上過失致死傷の訴因を無罪とした原判決の事実認定の当否について考えるに、右訴因における被告人の過失の内容は、要するに、後方の安全を確認せず、かつ右折の方法において適切を欠いたというものである。このうち、まず後方の安全不確認の点につき考察するに、原判決は、被告人が衝突地点の約三二メートル手前で後方を見、かつ交差点の中心から約四〇センチのところでバツクミラーで再び後方を見たが、いずれの場合も後続する車は見当らずかつその音も聞かなかつたとの事実を認定し、被告人は刑法上要求される右折に当つての後方確認義務は尽くしているとの判示をしている。しかし、被告人は、原審において、事故地点の七、八メートル手前でバツクミラーで後方の安全は確めたと供述してはいるけれども、交差点の中心から約四〇センチのところでバツクミラーによる後方確認を行なつたとは供述していないから、右の原判決の事実認定には若干問題があるし、また原判決が認定している衝突地点についても所論はこれを争つているのであるが、これらの点はひとまずおくとしても、前記の原判決が認定している事実から、直ちに被告人が右折に際しての後方安全確認を尽くしたとすることには次のような疑問があるといわなければならない。すなわち、原審において、証人若有泰長は、被告人の車が交差点の手前三〇メートル位にあり、かつ工藤の車がその後一〇メートル位のところにあつたのを目撃したと供述しており、また、証人工藤博も、事故現場の約三四メートル手前で被告人の車は前方一〇ないし一二メートルを進行しており、また約二四メートル手前では被告人の車は一六、七メートル先に進行していたと供述しており、(当審証人尋問調書においては、事故地点から約四、五〇メートル手前の地点で約二〇メートル先を進行したと述べているけれども、原審における供述と本質的にくいちがうものではない。)右各供述の真実性に疑問を抱かせる点は見当らない(工藤は、本件事故につき被告人と利害関係を異にし、したがつて、その供述の真実性については慎重な検討を必要とするが、少なくとも、右の証人若有の供述とおおむね符合する部分についてはこれを措信し得るものと思われる。)そして、右の証人若有および同工藤の供述によれば、原判決が認定している、被告人が後方を確認している地点においては、工藤の車は当然被告人の視野の範囲内にあり、しかも、被告人車が交差点内で右折を開始したならば、その具体的場所のいかんを問わず、また相当減速したうえでの右折であつたとしてもそれとの衝突の危険がある位置関係にあつたといわざるを得ないのである(工藤の車がこつ然と被告人車の後方に現われるほどの高速で進行していたものでないことは、被告人車と工藤の車が証人若有および工藤の供述するような位置関係にあつた後、衝突地点にいたるまで工藤の車が被告人の車を追い越していないことからも窺える。)。そうとすれば、被告人が本件当時右折に際して原判決が認定しているような後方確認措置をとつたとしても、その確認は、前認定のような位置関係にあつた後続車を発見し得なかつたという不十分なものであると認められるから、被告人は訴因に記載されているような後方の安全確認義務を怠つて右折を開始したといわざるを得ない。原判決は、本件当時、被告人には、工藤のように無免許でバイクを運転し、右折の合図を見落し高速度で道路中央の右側にはみ出してまで自車を追越そうとする他車のあることまで予想して右後方に対する安全を確認して事故を未然に防止すべき業務上の注意義務がないと判示している。しかし、工藤の車が前認定のような位置関係にあつたとするならば被告人がこれを確認のうえその動静に対応した措置をとるべきであつたことは、工藤が無免許であつたかあるいはまた当時の工藤の車が制限速度内であつたかどうか等にかかわりのないところであるから、この点についての原判示はにわかに首肯し難いところである。

以上を要するに、本件において被告人には後方の安全を確認を欠いて右折を開始した過失があることは明らかである。被告人にこれに加えて右折方法不適切の過失があつたかどうかについては、所論にもかかわらず、原判決の認定が不合理であるとは認められないが、前述したように後方安全不確認の過失が認められる以上、業務上過失致死傷の訴因につき被告人に無罪を言い渡した原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認を冒したものであつて、破棄を免れない。

なお、原審は、第六回公判期日においてそれまでの後方安全不確認を過失の内容とする業務上過失致死傷の訴因に右折方法不適当の過失態様をも加えて訴因を変更するとともに、右折方法不適当を内容とする道路交通法(三四条)違反の訴因を追加したい旨の検察官の請求を許可し、それ以後この二個の訴因を審判の対象としている。しかし、右道路交通法違反の訴因は、変更前の業務上過失致死傷の訴因とはもとより、変更後のそれとも一罪(一所為数法)の関係にあるとは解し難く、したがつて両者が公訴事実の同一性の範囲内にあるとはいえない。したがつて、検察官の訴因追加請求を漫然認容した原審の手続は違法であるといわなければならない。しかし、当審において検察官は右道路交通法違反の訴因を撤回し、当裁判所も相当と認めてこれを許可したので、原判決の破棄とともに、右道路交通法違反の訴因は自ら審判の対象外におかれたものというべきである。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により直ちに当裁判所において自判すべきものと認め、さらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和四二年八月四日午後三時一五分頃自動二輪車を運転し浦河郡浦河町字向別五八七番地の交通整理の行なわれていない丁字路交差点で右折するに際し、後方の安全確認を十分に尽くさずに右折を開始した過失により、折から後方から進行してきた工藤博(当時一八年)運転の原動機付自転車に自車を衝突させ、よつて自車に乗つていた渡辺正義をして同月五日午後零時四三分頃同町東町二三〇番地浦河赤十字病院において頭蓋骨々折により死亡するにいたらしめ、なお前記工藤に対し加療三七日間を要する頭部打撲、左下腿打撲の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(省 略)

(法律の適用)

被告人の判示各所為はいずれも昭和四三年法律六一号による改正前の刑法二一一条前段に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により重い業務上過失致死罪の刑に従い、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、同法一八条により被告人が右罰金を完納することのできないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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